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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

セラピスト向け情報発信ページ

#618 歩行版感覚統合機能テスト(Locomotor Sensory Organization Test) Chien et al. 2014

4月1日より大学名が東京都立大学に変更となりました。心機一転,新しいスタッフとともに研究・教育活動を行っていきたいと思います。

今回ご紹介するのは,立位バランス評価として知られる感覚統合機能テストについて,歩行バージョンを考案した研究です。原著論文はどなたでも無料でダウンロードできます

Chien JH et al. 2014 Locomotor sensory organization test: a novel paradigm for the assessment of sensory contributions in gait. Ann Biomed Eng 42, 2512-2523, 2014

バランス維持のためには,視覚・体性感覚・前庭感覚という3つの感覚入力を統合し,姿勢の状態を正確にモニターする必要があります。状況に応じて,どの感覚入力に重みづけを置いた方が良いのかが変わりうることから,中枢神経系は常に3つの感覚入力に対する重みづけ調整をしている(sensory reweighting)と考えられています。

立位姿勢においてこの重みづけ調整能力を評価する検査として,感覚統合機能テスト(Sensory Organization Test)というテストがあります。テスト自体はやや古く,かつ高額な機会を使うことがベースにあるため,国内においてはそれほどメジャーではないように思います。しかし,重みづけ調整能力をシステマティックに評価するという意味では,評価の考え方として参考になります。より詳細な情報は,拙著「姿勢と歩行」(建内弘重氏と共著,2015,三輪書店)をご参照ください。

今回ご紹介する論文は,この評価の考え方を歩行のバランス維持に生かすための課題を提案したものです。感覚統合機能テストがSOTと略されることから,歩行版(Locomotor)をつけてLSOTと略称しています。

SOTもLSOTも,6つの条件での課題を組み合わせて,重みづけ調整能力を評価します。条件1が通常姿勢,条件2が視覚情報の制限,条件3が視覚条件に外乱(誤情報)を与える条件です。条件4-6では,それぞれ条件1-3の条件に対して体性感覚に誤情報を与える条件を組み合わせて作ります。

LSOTでは,トレッドミル歩行を対象に,歩行と同期したバーチャルリアリティ(VR)映像を投影します。条件2では映像を投影しない条件とし,条件3では映像の速度が歩行と同期せず,ランダムに変わります。条件4-6における体性感覚情報の操作は,トレッドミルの速度がランダム変化することとしました。

本人たちも言及しているように,速度操作=体性感覚情報の操作といってよいのかについては,議論があるでしょう。Chien氏らは,トレッドミルの速度を変えることは歩行周期への変化へと直結しうるため,それが筋運動感覚を変化させる重要要素になる,という観点から,この方法を選択しました。誰でも再現できる方法であるという点で,スマートな選択であると私も思います。

実験の結果,大きく2つの重要な発見がありました。第1に,視覚を制限したり外乱を与えた場合のインパクトが大きいという事です。立位姿勢を対象とするSOTの場合,体性感覚に対する外乱がある条件4-6の成績が悪くなりました。つまり,立位姿勢では側部周りの体性感覚情報が重要である可能性を示唆します。これに対してLSOTでは,視覚情報の制限や外乱がある条件(2, 3, 5, 6)で成績が悪くなりました。この結果は,歩行中のバランス維持における視覚の重要性を示唆しています。

第2に,第1の特徴を除けば,各条件がバランス維持に及ぼした影響は,SOTとLSOTでよく似ているという事です。一般に,立位バランスと歩行バランスの維持は身体重心の制御方法が異なると考えられています。両者で身体重心と支持基底面の関係性が異なるというのが,主な理由の一つに挙げられます。しかし,感覚入力への外乱の影響が類似するという事は,両者が感覚情報に基づきバランスを制御する方法について,少なくとも一部は類似性があるのではないかとも考えられます。

2つの発見とも,歩行中のバランス維持における感覚入力の役割を考える上で大変有用な知識です。


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