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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

セラピスト向け情報発信ページ

#614 軽度認知機能障がい者における階段降り動作:デュアルタスクの影響(Charette et al. 2020)

階段昇降の場面は,高齢者の転倒が多い場面の1つです。特に階段を降りる際の転倒は重大な事故につながってしまう恐れがあり,注意が必要です。そのなかでも最初と最後の1歩は,その前後で重心の移動方向が変わり制御が難しくなるため,バランスを崩しやすいといわれています。また,こうした制御の切り替えについては多少なりとも認知的資源が必要と考えられるため,軽度認知機能障がい(Mild Cognitive Impairment)のある高齢者(以下,MCI者)にとっては,難易度の高い動作であると予想されます。

今回はこうした問題意識のもとで,MCI者の階段降り動作について報告した論文を紹介します。カナダ・ケベックにあるLaval大学,McFadyen教授の研究室の成果です。

Charette C et al. Community-dwelling older adults with mild cognitive impairments show subtle visual attention costs when descending stairs. Hum Mov Sci 69, 102561, 2020

11名のMCI者,ならびに23名の健常高齢者が実験対象者でした。階段を5段降りる際の様子を三次元動作解析し,基礎特性(速度など),動きの流暢さ(Fluidity,体幹の加速度曲線の加減速がゼロを超える回数をカウント,少ないほど流暢さが高い),また階段横に設置された手すりを使った回数をカウントしました。一部の試行では,デュアルタスク状況(ストループ課題を同時に実施)によって,課題を降りる際の認知的負荷をさらに高めた場合の影響を検討しました。

実験の結果,両者の階段降り動作の特性は比較的よく似ていることが分かりました。つまり,MCI者においても階段降り動作の安全性は健常高齢者と比べてそん色ありませんでした。デュアルタスク状況下においては,MCI者は動作の流暢さの低下,速度の低下,手すりを利用する頻度の増加など,健常高齢者との違いが見られました。しかし,だからといって転倒につながるような動作の違いが見られなかったことから,Charette氏らは,こうした動きの違いはマイナーだと解釈しています。

これらの結果に基づき,Charette氏らは,MCI者においてもデュアルタスク状況下でバランス重視の安全策(posture-first strategies)が取られていると結論付けました。なお,統計的なインパクトは高くなかったものの,降り始めの1歩において,MCI者と健常高齢者の違いが比較的大きく認められました。やはり階段を降り始める際の重心制御は,認知機能が低下している人にとっては困難な課題であるのだろうと推察できます。


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