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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

セラピスト向け情報発信ページ

#613 統合失調症患者における他者の感情認知:歩行パターンから推定できるか(Peterman et al. 2014)

私たちは他者の表情を見れば,その他者の感情状態(例:喜んでいるか,悲しんでいるか)をある程度正確に推定できます。実は表情以外にも,他者の感情を推定するための情報があります。その一つが歩きぶりといった身体表現です。歩行パターンを光点の集合として提示し(point-light display),その歩行者が喜んでいるか,それとも悲しんでいるかを推定させる実験を行うと,多くの対象者がおよそ正確に感情状態を推定できます。

今回ご紹介する研究では,他者の感情認知が苦手といわれる統合失調症患者は,歩行パターンに基づく感情推定もやはり困難であることを報告しています。

Peterman JS et al. Extraction of social information from gait in schizophrenia. Psyhol Med 44(5): 987–996, 2014

22名の統合失調症患者(平均40.45±8歳,平均IQ 99.26±10,ならびに20名のコントロールが対象者でした。ディスプレイ上に,ポリゴンで作った仮想の人間が歩行する映像を提示します。対象者は,対象が「怒っているか喜んでいるか(angry or happy)」,また「歩行者の性別」の2つを回答しました。

実験の結果,統合失調症患者はコントロールに比べて,感情推定の精度が低いことが分かりました。ただし,ポリゴンにおける感情の表現度合いを強めると,統合失調症患者の推定精度が向上することから,感度は低いものの,決して感情推定ができないわけではないこともわかりました。また統合失調症患者の感情推定がどちらか一方に偏るということはありませんでした(つまり,どのポリゴンを見ても皆怒っているといった反応をすることがない)。

また,感情推定だけでなく,性別推定においてもコントロールと比べて精度が低いことが分かりました。この結果はPeterman氏らの仮説とは異なりました。少なくとも先行研究において,統合失調症患者において性別推定が苦手という指摘は多くありません。2つの判断のいずれも成績が悪いとなると,感情認知の問題という可能性だけでなく,より全般的な認知の障がいという可能性が出てきてしまうため,Peterman氏らとしては本意ではない結果であったように思います(ただしIQが低いという可能性はキャンセルしている)。

Peterman氏らは一連の結果の中で,「ポリゴンにおける感情の表現度合いを強めると,統合失調症患者の推定精度が向上する」ことに着目しました。感情の表現度合いを強めた刺激を使った感情認知をトレーニングできれば,それがコミュニケーション能力の向上にもつながるかも知れないと考えられるからです。


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