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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

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#611 統合失調症患者の歩行特性(Lallart et al 2014)

統合失調症患者は実行機能(exective funtion)の低下によってデュアルタスクが苦手であったり,身体性認知(enbodied cognition)の障害によって自己と他の分離ができないといった症状が見られます。実行機能や身体性認知はバランス管理や空間認知のためにも重要な機能ですので,歩行に支障が出る場合があります。今回は統合失調症患者の歩行特性を報告した論文を紹介します。

Lallart E et al. Gait control and executive dysfunction in early schizophrenia. J Neural Transm 121:443–450, 2014

初回エピソードの統合失調者17名(30±9歳)と,コントロールの対象者15名(29±5歳)15名が参加しました。基礎特性として実行機能に関する様々なテストを行ったところ(トレイルメイキングテスト,ストループテスト),統合失調症患者は著しく成績が悪勝ったことが確認されました。MMSEを用いた認知機能検査については,コントロールの対象者との有意差が見られたものの,30点満点中28点であり,顕著な機能低下があるわけではありませんでした。

実験では10m歩行中の歩行周期(stride time)を測定し,そのばらつきを評価しました。通常歩行の他に,3種類のデュアルタスク歩行を実施しました。1から50まで1ずつ増やしてカウントしながらの歩行(forward counting),50から1まで1ずつ減らしてカウントしながらの歩行(backward counting),動物の名前を口に出しながらの歩行(categorical verbal fluency)の3種類でした。

実験の結果,統合失調症患者は特にcategorical verbal fluencyとのデュアルタスク歩行について顕著に歩行周期のばらつきが大きくなりました。

もともと統合失調症患者はcategorical verbal fluencyを単独で行った場合にも成績が悪いということが,かねてより指摘されています。Lallert氏らは,categorical verbal fluency課題には実行機能(短期記憶)のほかにも,意味記憶の想起,言語的注意(verbal attention)といった認知機能の関与が必要であること,またこれらの機能には大脳皮質の前頭前野や側頭葉が関わるが,歩行制御においても前頭前野の活動が重要であるため,認知課題・歩行という2つの課題の同時管理が難しくなるのではないかと考察しています。

2020年3月8日(日)に,日本理学療法士協会第5回精神・心理領域理学療法部門研究会にて講演を行う予定です。「歩行の知覚・認知制御:精神疾患への示唆」というタイトルです。実行機能や身体性認知の観点から,精神疾患の問題について議論したいと考えています。多くの方々との交流を楽しみにしています。


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