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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

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#607 “ミスするな”という教示の逆効果(Oudejans et al. 2013)

サッカーでゴールを狙う場面において,“ゴールを狙え!(肯定的な教示)”と声がけすることもできれば,“ゴールを外すな(否定的な教示)”と声がけすることもできます。今回ご紹介するのは,否定的な教示が時に期待とは逆の効果をもたらしうることを示した研究です。否定的な教示がいつでもマイナスになるのではなく,不安が高まった場面でのみ逆効果になるのではないかと指摘しています。

Oudejans RD et al. Negative instructions and choking under pressure in aiming at a far target. Int J Sport Psychol 33, 294-309, 2013

ダーツ投げを課題とした研究です。40名の一般学生(ダーツ経験なし)が,教示条件2(肯定的な教示,否定的な教示)×不安条件(高,低)の4条件でダーツ投げをしました。教示については,“中心を正確に狙ってください(肯定的)”という教示と, “基準となるエリアを外さないでください(否定的)”という教示が用いられました。不安条件については,ダーツを高所で行うか低所で行うかにより操作しました。

実験の結果,不安が高く,かつ否定的な教示が与えられた場合のみ,ダーツの成績が低下しました。つまり,否定的な教示それ自体が成績を低めたのではなく,不安が高まった場面でのみ否定的な教示が成績を低めたことが示唆されました。

Oudejans氏らは,この結果はWegner氏が1994年に提唱した,“期待と逆の認知過程(ironic mental process)で説明できると解釈しました。

Wegner氏のモデルでは,意識的な思考に関わる2つの認知過程の存在を想定しています。1つは意図した行動を実行する過程であり,もう1つは行動をモニターする過程です。私たちの意識過程は常にこのモニターの過程によりスキャンされており,否定的な思考が検出された場合,実行過程によりそれを肯定的に思考に置き換える作用が働くというのが,Wegner氏のモデルです。この置き換え作用には注意のリソースが多く必要です。不安が高い状況では,すでに利用可能な注意のリソースが限られているため,肯定的思考への置き換えができず,否定的な思考のままでいることになります。その結果,私たちの注意が否定的なものに向けられ,本来注意が向けられるべき対象(ダーツの中心)に注意が向けられなくなり,パフォーマンスが低下するということです。

こうした考えを支持するように,Oudejans氏らの別の研究では,サッカーによるシュートの際(ペナルティキックを模した実験場面),“ゴールキーパーを避けるように打て”という教示とすると,本来見るべきオープンスペースを見続ける時間が短くなることを報告しています(Binsch et al. 2010 Hum Mov Sci)。おそらくこの結果は,否定的な教示により,キッカーの視線(注意)がキーパーに集中したためと解釈できます。

指導者・支援者の言語教示は,対象者の注意を誘導する効果があります。これが,気づきという意味でよい効果をもたらすこともあれば,必要以上に注意を局所に向けさせる効果もあります。Oudejans氏らの報告は,指導者・支援者の言葉は時に,期待とは逆の効果をもたらしうることを示唆しています。


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