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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

セラピスト向け情報発信ページ

#598 道路横断に関する判断力向上の支援:VRを用いた高齢者のトレーニング(Maillot et al. 2017)

歩行者が,車が行き交う道路を横断するかどうかの判断を誤った結果,車にひかれるというケースが世界的に多く見られます。今回ご紹介するのは,VRを使って道路横断状況を再現し,判断の経験を積むことで,高齢者の判断力が向上しうることを報告した論文です。フランス人研究者による報告です。

Maillot, P et al. Training the elderly in pedestrian safety: Transfer effect between two virtual reality simulation devices. Accid Anal Prev 99, 161-170, 2017

高齢者における道路横断の判断には,2つの問題があると言われています。第1に,自動車の速度を正確に利用できないという問題です。向かってくる車との距離に基づいて判断する傾向があるため,拘束で向かってくる車に対して衝突してしまう恐れがあります。第2に,遠くの車線に対する判断が正確でないという問題です。自分に近い側の車線の判断を優先するあまり,遠くの車線のケアができにくくなります。よって,トレーニングではこうした問題を解決させる方法が求められます。

Maillot氏らは,VR環境で道路横断場面を再現し,そこでの経験がもたらす効果を検証しました。システム上のポイントは,ミニチュアサイズ(46インチ相当)のVRシステムを用いることです。彼らは既に,実サイズに近い大スクリーンのシステムを開発しています。しかしこうした大きなシステムは限られた場所でしか提供できないため,ミニチュアサイズで広く普及可能なシステムでもトレーニングが可能かを検証しようと考えました。

40名の高齢者ならびに20名の若齢者を対象とした実験の結果,2つの成果が得られました。第1に,そもそもミニチュアサイズのVRシステムでは,実サイズのシステムに比べてベースラインとしての衝突率が高いことがわかりました。没入感が低いことや,ゲーム性が高くなること(ボタンでアバターを操作する課題,アバターが衝突するだけなので,衝突に対する恐怖感も少ない)が要因と考えらます。

第2に,ミニチュアサイズのシステムを用いたトレーニングでも(90分×2回,合計314試行の横断練習),一定の効果が見られました。この効果は,実サイズでのVRに対しても転移しました。よって,このトレーニングには一定の効果があったと言えます。

VRシステムでは,安全な形で高齢者の能力を向上させる可能性があります。 我々も,科学研究費補助金に基づく研究として,衝突回避行動の向上を目的としたシステム開発を行っています。その成果を様々な形で応用したいと考えています


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