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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

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#593 業績紹介:メンタルローテーションを反復練習した場合の持ち越し効果 (日吉ほか,2019)

2017年度に修士課程を修了した日吉亮太氏が,修士論文のデータを雑誌「理学療法科学」で報告しました。今回はその概要を紹介いたします。メンタルローテーションという認知活動を臨床応用するための基礎資料を得る研究です。

日吉亮太,福原和伸,樋口貴広 身体部位の視覚刺激を用いたメンタルローテーションの熟達化:反復練習の持越し効果の検討.理学療法科学 34, 455-459, 2019

メンタルローテーションとは,回転した状態で提示された視覚刺激(たとえば図形)を,心的に回転することで,正立した状態を認識する認知活動です。刺激の回転角度に応じて,メンタルローテーションにかかる所要時間(反応時間)が長くなります。この性質を利用すれば,イメージの回転に関わる認知活動をしているかどうかを,反応時間でチェックできます。このため,メンタルローテーションは認知活動を理解するための道具として,心理学の研究対象となってきました。

メンタルローテーションの臨床応用を検討する理由は,身体刺激を利用したメンタルローテーションに対して,大脳皮質の運動関連領域が関与する可能性があるからです。もともと運動イメージの想起が,運動の準備段階の活動に近しい脳活動を惹起させることが知られていました。運動イメージの想起には,鮮明なイメージを想起させる能力が必要なため,一部の高齢者などには適応しにくい側面もあります。そこで,「潜在的な運動イメージ活動」としてメンタルローテーションに着目したわけです。

日吉氏は,メンタルローテーションが繰り返しの練習に耐えうるのか,という点を検証しました。メンタルローテーションが潜在的なイメージ活動であるためには,何度課題を繰り返しても,心的に回転し続ける必要があります。課題の繰り返しで刺激を覚えてしまうと,回転しなくても正立した刺激を認知できる可能性があるため,繰り返し後のメンタルローテーションの反応時間を検討したわけです。

22名の若齢健常者を対象に,4日間にわたりメンタルローテーション課題を行ってもらいました(1日に96試行,4日間で384試行)。刺激の種類が多いほど,回転刺激を覚えにくくなる可能性があります。そこで,刺激が多い群(手の形が12種類,各種類に対して左右の手×手掌・手背)と少ない群(手の形は1種類,左右の手×手掌・手背)を設定しました。

実験の結果,たとえ刺激数が少ない群であっても,4日間の練習後にも心的回転を保ち続けることが分かりました。また1日目に比べて4日目には反応時間が早くなりました。この結果は,練習によってメンタルローテーションが上手くなっていることを示唆します。以上のことから,身体部位を刺激として用いたメンタルローテーションは,潜在的な運動イメージ想起法として活用できる可能性があると結論付けました。

日吉氏は,修士課程修了後も努力を継続し,データの論文化に結び付けてくれました。いったん大学院を修了すると,その後に研究活動を継続するのが困難となる人も少なくありません。日吉氏の強い意志と努力があったからこそ,論文化にたどり着きました。心から敬意を表したいと思います。


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