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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

セラピスト向け情報発信ページ

#587 歩行中の骨盤と足部の距離関係の維持:障害物またぎ場面での検証(MacFadyen et al. 2018)

歩行中の障害物回避動作は,障害物に到達する2歩前までに決定され,実行に移されると考えられています。今回ご紹介する論文も,この考えを支持するものです。前回に引き続き,McFayden氏らのグループによる研究です。

McFadyen BJ, Substituting anticipatory locomotor adjustments online is time constrained. Exp Brain Res 236, 1985-1996

この研究ではバーチャルリアリティ(VR)を用いることで, 2つの歩行環境が歩行中に突然切り替わる実験環境を作りました。1つの歩行環境ではブロックの障害物をまたぐことが求められ,もう一つの歩行環境では,段上にステップすることが求められました。前者は膝関節の屈曲を主動作とし,後者は股関節の屈曲を主動作とすると考えられています。

McFadyen氏は,VR上でこの2つの歩行環境を再現し,一部の試行でそれが切り替わる場面を作りました。動作が切り替わるのは,動作修正実行の2歩前,もしくは1歩前でした。実環境では実際に,VRと同じ環境が設定されていました(歩行環境の切り替えがない試行では,歩行開始時に見えている環境が用意された。切り替えがある試行では切り替え後の環境が用意されていた)。

10名の若齢健常者を対象に実験をした結果,歩行環境の切り替えが可能であったのは,実行の2歩前に切り替わった場合のみでした。1歩前の段階では,それまで見えていた歩行環境に合わせた動作修正が実行されており,切り替えはできませんでした。この結果は,2つの歩行環境のどちらが事前に呈示されていたかに依存せず,共通に見られました。

2つの歩行環境(歩行維持のために決定的な動作修正のパターンが異なる環境)が急激に切り替わるというのは,VR環境だからこそ効果的に実現できる状況です。こうした状況を活用することで,歩行中の動作修正の実行機序の一端を見ることができました。今後はこの実験を高齢者やリハビリ対象者に試すことで,動作修正の実行機序の問題が明らかになると期待されます。


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