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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

セラピスト向け情報発信ページ

#586  歩行中の骨盤と足部の距離関係の維持:障害物またぎ場面での検証(Benson et al. 2018)

歩行中のバランスを維持するためには,接地位置(foot placement)のコントロールに加えて,体幹(骨盤)と足部の位置関係を一定に保つことが重要であるという指摘があります。実際,遊脚中期や終期の骨盤の位置から,次の接地時の下肢の変数がある程度予測できるという研究もあります(Wang et al. 2014)。これらの知見は,骨盤と足部の位置関係の維持が,歩行の制御法則の一つになっていることを示唆します。

今回ご紹介するのは,段差またぎのような外乱が加わっても,その直後には再び骨盤と足部の距離関係を維持する方略が取られることを示した論文です。ケベックにあるLaval UniversityのMcFadyen氏のグループによる研究成果です。

Dugas LP, Body-foot geometries as revealed by perturbed obstacle position with different time constraints. Exp Brain Res 236, 711-720, 2018

9名の若齢健常者を対象に高さ19cmの障害物をまたぐことが求められました。この研究がとてもユニークなのは,約20%の確率で,障害物がまたぐ直前に前方へわずかに移動する操作をしていることです。こうなると,歩幅を広げたり障害物をまたぐ際の足部の軌道を変えたりして,障害物の位置変化に対応する必要が出てきます(つまり,骨盤と足部の位置関係も大きく変わる)。Dugas氏らは,こうした外乱が骨盤と足部の位置関係にどのような影響を与えるかを検討しました。

実験の結果,確かに段差をまたぐ際は骨盤と足部の位置関係が変わるものの,両脚とも障害物をまたいだ後は,再び通常歩行時の位置関係に急速に戻ることを確認しました。この結果から,やはり両者の関係は歩行制御に極めて重要であるため,不意の環境の変化によって骨盤と足部の位置関係が劇的に変わったとしても,環境変化の対応後は再び元の状態に戻すといえます。

単に障害物につまずくかどうかだけを評価するのではなく,障害物を回避した後通常歩行にいかにスムーズに戻れるかを評価する,という観点でリハビリテーション対象者を評価する意義を示しているように思います。


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