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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

セラピスト向け情報発信ページ

#585  通常歩行の動きからつまずきやすさを予測する(Benson et al. 2018)

今回ご紹介するのは,通常歩行時の下肢の動きの特性から,障害物回避が苦手な人とそうでない人の判別を試みた研究です。実験の結果,膝関節の可動性が判別に最も有効であったと報告しています。

Benson LC et al. Identifying trippers and non-trippers based on knee kinematics during obstacle-free walking. Hum Mov Sci 62, 58-66, 2018

参加者35名には,転倒歴のある高齢者や片麻痺患者も含まれました。トレッドミル上の歩行により,股関節・膝関節・足関節の可動域ならびに関節の動きの時間的特性が測定されました。またそれとは別に,トレッドミル上での障害物回避課題を行い,障害物回避に成功した人と失敗した人を区別しました。

障害物回避の成功者/失敗者を判別できる通常歩行中の変数を見いだすために,線形判別分析(Linear Discrimination Analyses)の手法が用いられました。手法の解説については以下のWebページをご参照ください。
http://lbm.ab.a.u-tokyo.ac.jp/~omori/kensyu/discriminant.htm
https://datachemeng.com/lineardiscriminantanalysis/

実験の結果,障害物回避の成功/失敗判別に有効であったのは,歩行中の膝関節の可動性でした。障害物回避の失敗者は,膝関節の可動域が小さいことが分かりました。また,膝関節の可動域のデータに加えて,遊脚期の膝関節可動域が最大になるピークのデータを加えると,判別率が高くなりました。このピーク値の遅さは,遊脚期自体の時間が短くなることに付随するのだろうというのが,著者らの解釈です。

残念ながら,なぜ股関節や足関節の可動性ではなく膝関節なのかということについては,十分な議論はありません。ただ,段差をまたぐ際に段差との間に十分な空間マージンを作ろうと思えば,必然的に膝関節は大きく屈曲しますので,ある程度納得できる結果ではあります。

臨床的な歩行観察を通してつまずきやすさを予測するという意味で,貴重な情報です。


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