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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

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#581  障害物のまたぎ動作:ドリフト現象の意味(Heijnen et al. 2018)

先行研究によれば(Heijnen et al. 2012),障害物をまたぐ動作を何百試行も繰り返すと,次第に足をまたぐ高さが低くなってきます。この傾向は,後続脚(2番目に障害物をまたぐ脚)で顕著です。ここではこの現象を,またぎ脚のドリフト現象と呼ぶことにします。

ドリフト現象は単なる疲労の影響だろうと考えるのが普通でしょう。しかしHeijnen氏らは,ドリフトが後続脚においてのみ顕著にみられることを根拠に,単なる疲労とは考えにくいと主張しています。疲労が問題ならば,先導脚でも後続脚でも同じようにドリフトが起こるはずだからです。

今回ご紹介するのは,2012年にこの報告をしたHeijnen氏らの継続研究です。後続脚では,視覚を通して障害物と脚の空間関係が把握することができません。このため接触の情報がないと,事前の情報で空間関係を見いだせていない人についてはドリフトが起きると考えられます。Heijnen氏らは,ユニークな方法を使って接触が起きにくい状況を作り,このことを明らかにしました。

Heijnen MJH et al. Failures in adaptive locomotion: trial‑and‑error exploration to determine adequate foot elevation over obstacles. Exp Brain Res 236:187–194, 2018

ユニークな方法とは,実験参加者が先導脚で高さ20㎝の障害物をまたいだ後,障害物が7.5㎝低くなるという方法です。参加者が障害物の高さに変化があることに気づかないよう,様々な工夫をしています。この方法により,本来ならば接触が起こる状況でも接触が起きないため,ドリフト現象が継続的に起こると考えられます。

参加者は全部で150試行,このまたぎ動作を行いました。後続脚が段差をまたいだ際のつま先の高さを測定し,本来の障害物の高さならばぶつかった回数(Virtual contact),ならびに低くした障害物にぶつかった回数の総計をカウントしました。

実験の結果,後続脚の接触率は8%となりました。これは障害物を低くしない場合の接触率(1-2%)に比べてかなり高い値となりました。この結果から,視覚情報が使えない後続脚については,接触の情報がないと障害物と脚の空間関係が把握しにくいことが示唆されました。

Heijnen氏らはさらに,ドリフト現象については,ドリフトしないパターンも含めて3つのパターンがあると主張しました。漸減型(全体の52%,徐々に減少はするが,障害物の高さ付近で安定する),線形減少型(全体の33%,徐々に減少し続ける),固定型(14%,ドリフトしない)です。このうち,線形減少型の参加者が,障害物と脚の空間関係を正確に把握できていないものと考えられます。

Heijnen氏らは,「後続脚の制御は,障害物にぶつかるかどうかというYes-no式の判断で試行錯誤的に制御している側面があり,その過程で接触情報を頼りに十分なまたぎの高さを決定している」のだろうと主張しています。



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