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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

セラピスト向け情報発信ページ

#580  歩行時の障害物迂回:バーチャルリアリティ環境下の特性(Buhler et al. 2019)

バーチャルリアリティ(VR)技術の発展により,VR環境下での歩行研究が重要な役割を占めるようになりました。例えば,障害物回避を実験室場面で測定しようとすれば,接触がもたらす痛みや転倒の問題が発生します。VRを使えば,物理的な接触がないため比較的安全であり,なおかつ実験環境を完全にコントロールできるというメリットがあります。このため,VR環境下の歩行がどの程度実環境下の歩行を再現できているのかについての研究が,盛んにおこなわれています。今回ご紹介する研究も,そうした研究の一つです。カナダのLamontagne氏のグループによる報告です。

Buhler MA et al. Locomotor circumvention strategies in response to static pedestrians in a virtual and physical environment. Gait Pos 68, 201-206, 2019

13人の若齢健常者が,VR環境と実環境の両方で,立ち止まっている女性を迂回して避ける課題に取り組みました。実験の結果,VR環境では実環境よりも女性を避ける際の安全マージンが大きく,かつ歩行スピードが遅いという違いが見られました。

この研究が本来知りたいことは,VR環境が実環境を再現できているか,ということです。言い換えれば,違いよりもむしろ類似点を知りたいことになります。統計的な差がないことをもって,両者が同じと主張するわけにはいきませんので,両者の類似性を主張するというのは,実は難しい課題です。

Buhler氏は,VR環境と実環境で共通に見られた特性として,「迂回する方向が右か左か(どちらに迂回してもよいが,参加者によって好みの方向がある)」,「どのタイミングで迂回し始めるか」などがあることを示しました。これらの類似性に基づき,Buhler氏は,VR環境での障害物回避研究は有益であろうと主張しました。


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