セラピストにむけた情報発信



高齢者の下向き歩行は歩容を変えない?
(Maslivec et al. 2017)




2018年10月15日
高齢者は若齢者に比べて下向きで歩きがちということが,経験的に言われています。特にバランスに不安がある高齢者ではその傾向が強いという指摘もあります。今回ご紹介するのは,下向きであることが歩行の各パラメータに及ぼす影響を調べたものです。意外にも,下向きで歩くことの顕著な影響が見られなかったと報告されています。

Maslivec A et al., Head flexion and different walking speeds do not affect gait stability in older females. Hum Mov Sci 55,87-93, 2017

16名の高齢者(75.5±6.2歳)と若齢者が9m区間を歩きました。歩行路の先に固視点を置く条件と置かない条件の2条件が設置されました。固視点を見れば,自然と視線が目線の高さに上がるため,それがある場合とない場合での下向き傾向(頭部の屈曲),さらに歩行の各パラメータ(速度,歩幅など)を測定しました。

さらに歩行速度が3条件設定されました。低速(ウィンドーショッピングの際の速さ),快適速度,高速(待ち合わせに遅れそうなときに急ぐ際の速さ)の3条件です。若齢者でも速度が速いと下向きになるという過去の指摘を受けて,速度の影響を合わせて検討しました。

実験の結果,固視点を置かない歩行条件では,高齢者の視線は下向きになりました。よって高齢者は下向きで歩きがちであるという経験則を支持する結果が得られました。固視点の存在により,下向き傾向が改善されました。つまり,固視点の有無によって下向きの程度は変化しました。

しかし,固視点の有無によって歩容が変化することはありませんでした。つまり,下向き方向は歩容に必ずしも悪影響を与えなかったということになります。なお過去に若齢者の研究で指摘された,速度が大きいほど下向きになるという傾向は,この研究では認められませんでした。

頭部を屈曲させて下向きになると,重心が前方にシフトするため,静止立位バランスについては悪影響を及ぼし得ます。これに対して今回の報告では,歩行では必ずしも悪影響がない可能性を示唆しました。著者は,下向きの内歩容に影響しうるのは,頭部の屈曲ではなく体幹の屈曲ではないかと解釈しました。つまり,同じ下向き傾向でも,頭部の屈曲のみで対応するケースについては,必ずしも歩容に悪影響を及ぼすものではないという解釈です。

この研究の一つの意義は,先ほど指摘した,高齢者は下向きで歩きがちであるという経験則を,数値的に示したことです。過去にもそうした指摘はあったのですが,それは通路に障害物やターゲット(足で踏む場所)が存在し,通路に注意を払う必要がある場合でした(Marigold et al. 2008; Yamada et al. 2012). 今回の場合,特に通路に注意を向ける必要がない状況です。著者らは可能性の一つとして,日常生活で障害物等がある状況に備えて,常時下向き傾向を維持するような適応をしているのではないか,といった説明がなされています。

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