セラピストにむけた情報発信



デュアルタスク状況下の歩行能力:非運動性デュアルタスクに基づく訓練効果?




2011年4月4日

一度に2つの課題(タスク)を同時におこなうことが求められる課題を,デュアルタスクと言います.

高齢者が歩行中に転倒しやすくなる要因の1つとして,デュアルタスク状況下での歩行能力の低下が指摘されています.実環境における歩行場面では,単に歩くだけでなく,信号を見たり,路面状況を確認したり,行き先を確かめたりなど,様々なことをしながら歩くことになります.加齢に伴う認知能力低下により,こうしたデュアルタスク条件下(あるいは3つ以上のことを同時におこなうマルチタスク条件下)での歩行が困難になります.

こうした背景から,いかにして高齢者におけるデュアルタスク状況下での歩行能力を高いレベルに保持するかということが,重要な研究テーマとなっています.



もし高齢者がデュアルタスク能力を鍛えるようなゲームを繰返し練習したら,それはデュアルタスク状況下での歩行能力を高めるでしょうか?

ここで想定しているデュアルタスクのゲームは,個々の課題に対する運動の役割が少ない,いわば非運動性のデュアルタスクです.いわゆる脳トレ的なゲームを日々楽しむことは,知らず知らずのうちに歩行中の転倒予防にも役立つのかというのが,ここでの問いです.

最近の研究の中には,こうした問いにポジティブな答えを出しているものがあります.例えば非運動性のデュアルタスクを長期に実施することによって,歩行速度が上昇したり(Veghese et al. 2010),デュアルタスク条件下のでバランス能力が高くなること(Li et al. 2010)が報告されています.

確かに興味深い考えとは思います.しかし私は個人的に,歩行のように特定の運動を意図してデュアルタスク能力を向上させたい場合,歩行中にその能力を鍛れるべきだという立場をとっています.

こうした立場をとる理由は,日常生活における様々な行為からも説明できます.

料理の上手な人は,鍋に火をかけながら別の調理とするといったマルチタスクをおこないます.サッカーの選手は,ドリブルをしながら周囲の状況を把握するといったマルチタスクをおこないます.こうした能力はすべて,その行為を繰り返すことで自然に身につくデュアルタスク能力です.

重要なことは,日常生活おけるこうしたデュアルタスク能力は,別の行為に転移されないということです.

たとえ料理をマルチタスクで同時に何品も作ることができるようになっても,それはサッカーの向上を意味しません.その逆もしかりです.おそらくデュアルタスク状況下の歩行能力も,他の行為遂行中に鍛えられるものではなく,歩行中に訓練すべきなのだろうというのが,私の立場です.

盟友である京都大学の山田実氏は,こうした私と同じ立場のもと,歩行中のデュアルタスク能力向上に関する数多くの成果を発表しています.最近,共著者として彼の研究に加わった論文が発表されました.次回のこのコーナーでは,その内容についてご紹介する予定です.

引用文献
Li, KZ et al. Benefits of cognitive dual-task training on balance performance in healthy older adults. J Gerontol A Biol Sci Med Sci 65, 1344-1352, 2010.
Verghese, J et al. Effect of cognitive remediation on gait in sedentary seniors. J Gerontol A Biol Sci Med Sci 65, 1338-1343, 2010.


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