トップページ > 北山研ヒストリー> 北山研での研究:1992年

 1992年4月に東京都立大学に赴任して、すぐにサ形骨組の実験を計画し始めた。この研究は後年、姜柱氏の博士論文の中核をなすことになるのだが、この時点では先立つものがないため、これが実現するにはまだしばらく時間が必要であった。

 ちなみにサ形骨組を用いた実験研究の構想は、1990年初頭くらいから暖めてきたものである。前期は講義もなく時間があったため、コンクリートの構成則を論じた名著「コンクリート構造物の塑性解析」(W.F.Chen著、色部誠ほか監訳)をひとり静かに読むことにした。以下には、この年度に成果が得られた研究を紹介する。研究室の陣容?は以下の通り;

 卒論生 池田浩一郎

1. ひび割れた直方体コンクリートの圧縮強度低減に関する実験研究

 これは、野口博千葉大学教授を研究代表者とする文部省・科学研究費補助金総合研究Aによる分担研究である。それまでの研究から、RC柱梁接合部パネルが梁降伏後にせん断破壊する原因として、ひび割れたコンクリートの圧縮強度低減が大きく影響していると考えていた。その当時、Collins らのRC平板を用いた実験研究によって、引張りひずみが大きいほどひび割れたコンクリートの圧縮強度は低減することが明らかになっていた。

 しかし、柱梁接合部パネルのようなコンクリート塊においても同様な現象が生じるのか、またひび割れたコンクリートの圧縮強度の低減が平板と同様に生じたとして、そのときの定量評価が平板と同じでよいのか、ということを検討したいと思ったのである。

 そこで15×15×20(cm)のコンクリート直方体に異形鉄筋(D13あるいはD16)を4本通して、その鉄筋を引張って付着作用によってコンクリートにひび割れを発生させたあと引張り力を除荷して、ひび割れ平行方向に圧縮載荷して圧縮強度を調べた。試験体は全12体で、実験変数はコンクリート圧縮強度(Fc180とFc350)と初期引張りひずみの大きさとした。

 実験結果から、初期引張りひずみの関数としてコンクリートの圧縮強度低減を定量化したが、試験体間のバラツキが大きく、さらに研究が必要であると感じた。また、鉄筋に沿った付着の良否とコンクリート内部の損傷との関係を測定結果に基づいて論じており、コンクリート内部の損傷度合いが大きいほど圧縮強度が低減する(無垢のコンクリートの60%程度)ことを示した。

 この実験は北山研における最初の研究であり、人手もなかったので北山と卒論生の池田浩一郎くんとの二人ですべてを行った。このあたりの苦心譚は「都立大赴任1年めのはなし」で述べている。ただ、西川研究室の博士課程に在籍していた姜柱(じゃん じゅう)氏にもときどき手伝ってもらったようだ。


   写真1: ひび割れを導入したのち、圧縮破壊させた試験体

 この実験研究によって、ひび割れたコンクリート塊の圧縮強度の低減について少し分かってきた、という感触を得た。そこでこれ以後も2年間ほど、このテーマで研究を続けることになる。

2. 非線形地震応答に基づくRC柱・梁接合部内の梁主筋付着劣化の制限

 この研究は、私の博士論文(1990年提出)の延長上にあるもので、D論では4層、7層および16層建物を用いた骨組の非線形地震応答解析の結果から、内柱梁接合部内を通し配筋される梁主筋の付着劣化を制限する方法を提案した。しかし、いちいち骨組の動的解析を実施するのは大変である。この当時の非線形骨組解析は、壁谷澤寿海先生が作成されたプログラム「DANDY」を使用して行っており、Fortranで書かれたプログラムは東大の大型計算機HITAC上で走っていた。

 そこで、梁降伏型の全体崩壊形が形成される骨組を対象とするのであれば、多層骨組をえいやっと一質点系に縮約しても問題ないと考えた。こうすれば、その昔小谷俊介先生がご研究されたように、復元力履歴モデルの特性がそのまま地震応答に反映されるようになって都合も良い。それに何よりも、一質点系の非線形地震応答解析のプログラムならば、手元のパソコンNEC9801上でも走らすことができる。

 こうして研究の方針が定まったので、まずN88-BASICのプログラムをCodingする作業に取りかかった。ここで役立ったのが、大学院生のときに小谷先生の講義で出された演習問題である。これは小谷先生が作成された一質点系非線形地震応答解析プログラム(SDFという名前だったか)の骨格が与えられた状態で、講義で学んだいろいろな数値積分法を用いてClough Modelなどの復元力履歴モデルのCodingを自分で行い、小谷先生作成のMain Frameに組み込んで地震応答解析を実施せよ、というものであった。

 数値積分法は大学院生ごとに異なったものが割り当てられることになった。私は例によって何でも良かったので手を挙げずにいると、小谷先生が「それじゃ北山君はこれね」と言って、Houbolt法という何次だったか忘れたがBackward method(後退代入法)になった(Houbolt法は建築分野では全くマイナーなもので、それまで聞いたことも無かった)。この方法はもともとは航空機の解析を行うために提案されたもののようで、その元となる文献(1950年発表)を当時航空工学専攻にいた村上哲くん(駒場時代の同級生で、現在は調布の宇宙航空研究開発機構(JAXA)勤務)に頼んで探してもらったことを憶えている。

 この宿題は大変で、夏休みの2ヶ月間をまるまる費やしたのである。またこの宿題をするに当たって、青研の先輩・滝澤春男先生(現北海道大学)の手になる(と言われていた)様々な数値積分法の詳細な解説を一所懸命に読んだ。ちなみに滝澤先生の博士論文は小さい字でびっしりと執筆されており、その上もの凄く難解なことで有名であった。またページのところどころに象の絵などが意味深長に描かれており、聞きしに勝る論文だなあと感心した。

 小谷先生作成のMain Frameは当然Fortranで書かれていた。しかし大型計算機は扱いにくいので、これをパソコン(NEC9801)で動かせるようにN88-BASICに翻訳した。そしてこれ以降のプログラミングは全てN88-BASICで行ったのである。

 以上のような経緯で、一質点系の非線形地震応答解析プログラムの大方は出来上がっていた。あとは研究の目的にあうような復元力履歴モデルのCodingを行うだけである。この研究では、梁主筋の付着すべりによって履歴形状が痩せることを表すことが大事であったので、履歴モデルとして武田スリップ・モデルを採用した。しかしこのCodingももちろん先人によってFortranで為されており、これを青山・小谷研究室の天才先輩塩原等さんがすでにN88-BASICに直して下さっていた。と言うわけで、これを使わせていただいた。

 組み上がったプログラムを用いて、一質点系の固有周期、武田スリップ・モデルの等価粘性減衰定数や降伏変形の大きさ、および地震波を解析変数として、あとは98をガンガンまわして計算を実施した。ノートを見ると、この研究は1993年3月から始めており、同年6月くらいまで集中的に作業を行ったようである。ノートパソコンは未だ持っていなかったので、大会論文提出前には大学に泊まり込んで解析した。たくさんのグラフを机の上に並べて見渡しながら、何が分かるか、うんうん唸っていた記憶がある。

        
              図:SDFによる解析例

 この研究の成果は後年、日本建築学会の「RC造建物の靭性保証型耐震設計指針・同解説」(1997年)に取り込まれることになる。



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