2017年度文学イベント:ラインハルト・カイザー=ミュールエッカー氏朗読会

首都大学東京ドイツ語圏文化論分野(ドイツ文学教室)では、オーストリアから講演会等の活動のため来日されている現在ご活躍中の作家の方を本学へもお招きして、ほぼ毎年晩秋のこの時期、文学イベントとして朗読会を開催しています。

2017年11月に、いくつかの大学で講演会等を終え帰ってこられたばかりでお疲れのところを休む間もなく、すぐまた宿泊先の都心からはるばる隣県と接する西方に位置する本学へ一時間半近くかけてお越しいただいたのは、オーバーエースタライヒ州出身で現在ウィーン在住の若手作家ラインハルト・カイザー=ミュールエッカー(Reinhard Kaiser-Mühlecker)さん(34歳)でした。

朗読会では、例年通り、小説作品からのドイツ語原文の抜粋と、その日本語訳とを並べて作成した対訳冊子を朗読会資料として配布しました。今年も多くの学生が、翻訳部隊として活躍してくれました。作品は2016年に発表された『他人の心、暗い森』。300頁ほどの最新長篇小説で、旧弊な農村に生まれ育った兄弟が恋愛や家族に翻弄されつつ成長していく数年間を追った物語。昨年の朗読会の1000頁を超す超大作では、奔放なインスピレーションやファンタジーにたじたじとなった訳者たちは、今度は別の次元での難しさを痛感したようです。農村の日常の描写一つとってみても細部までは想像も理解も追い付かず、ドイツ語の叙事文は保守的といっていいほど整然とそこに鎮座しているように見えるのに、思うように手が届かず収まりのいい日本語になってくれない、といった無言の叫びや苦痛の喘ぎが訳文の行間から聞こえてくるようでした。

若いカイザー=ミュールエッカーさんは、訛りのない柔らかい標準ドイツ語による明瞭な発音で、抑揚をしっかりとつけてリズミカルに朗読してくださいました。ちなみに彼曰く、驚くべきことに、もっと下の世代はもう紛う方なき標準ドイツ語しか話さないそうです。質疑応答では、朗読の対象となっていない、小説の他の部分と共鳴し合う描写に、いささかの綻びも覗かせないフィクションの密度の高さ、人物造形の確かさを見せつけられました。安易な経験論や月並みな象徴性を当てはめようとするいかなる浅薄な解釈も跳ね返すその様子からは、作家としての並々ならぬ自信が窺え、その受け答えのどれもが、老成した観のある独特の文学観をにじませて、ことごとく質問者を含む聴衆全員の意表を突くものでした。

カイザー=ミュールエッカーさんは、朗読会の会場で時間切れのため聞きそびれた学生たちの質問に、引き続き行われたパーティの席上で快く耳を傾け、真摯に答えてくださいました。お疲れだろうに、併せて優に5時間以上もお付き合いいただき本当に光栄でした。このような機会が初めてで大いに刺激を受けた一年生のみならず、だれにとっても忘れ難い夕べとなりましたことを、学生・教員一同心より感謝いたします。また、ご協力いただきましたオーストリア大使館文化部の皆様、ご来場いただいた皆様方、どうもありがとうございました。

(園田)

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