池の会通信 No.13

編集:草野(生物)・杉崎(地理) 

平成11年5月6日

 

東京のトウキョウサンショウウオの
生息調査

 トウキョウサンショウウオは10センチほどの小型のサンショウウオで、東京の西多摩郡多西村草花(現在のあきる野市草花)で採集された標本をもとに、両生類学者・田子勝弥氏によって1931年、Hynobius tokyoensisとして記載されました。その後しばらくの間、西日本に広く分布するカスミサンショウウオの亜種とされることもありましたが、最近の研究では遺伝的にはむしろトウホクサンショウウオに近いと考えられ、独立種として扱われることが多いようです。

 

 分布は群馬県を除く関東地方で福島県の一部にも生息します(ただし、福島県の個体群は最近確認されていないようです)。丘陵地の雑木林がおもな生息地で、カエルと同様に水中に産卵しオタマジャクシ状の幼生期をすごします。彼らの幼生は流れの早い水域では生育できないので、安定した水たまりがセットになった環境が必要となります。これらの条件を考えると、丘陵地の谷あいに湧き水を引き込んで作られた「谷戸田」とか「谷津田」と呼ばれる水田の周辺は、彼らに絶好のすみかを提供しています。また、2月から4月に産卵し、半年ほどで変態上陸するという生活史も、稲作の作業サイクルのなかで、田に水が張られている時期とうまく一致しています(彼らの生活史については、「キャンパスの自然」のイモリ池のページをご覧下さい)。

 このように適度に人手が入ることで保たれている環境は「里山」とよばれ、たくさんの生きもののすみかとして近年注目を集めています。主にクヌギやコナラで構成された雑木林は15〜20年に―度伐採され、切り株から出た芽を育てて繰り返し利用されました。また、田畑の肥料とするため、毎年のように下草刈りや落ち葉かきが行なわれ、林の中は明るく保たれてきました。この結果、春先にはカタクリ・ニリンソウ・アズマイチゲなどの植物が咲き乱れ、クヌギやコナラが勢い良く成長する夏には、若葉がたくさんのチヨウやガの幼虫を育み、その幹からしみ出る樹液を求めて、国蝶ともよばれるオオムラサキやカブトムシ・クワガタムシ・カナブンなども集まってきます。カエルの鳴く谷戸田の水路にはゲンジボタルが飛びかい、秋にはカンタン・ウマオイ・ササキリなどの鳴く虫の大合唱。そしてこれらの昆虫をえさにする多くの野鳥は、フクロウやオオタカの生息を支えています。

 「里山」は私たちの先祖の知恵によって、自然を根こそぎ破壊することなく利用してきた結果、人間と生きものがともに豊かに暮らせる環境が維持されてきた場所なのです。トウキョウサンショウウオは、こうした「里山」の環境と利用形態に見事に適応した生きものとも言えるでしょう。

 東京都内では、多摩地域の東村山・東大和・武蔵村山・瑞穂・青梅。あきる野・日の出・八王子・日野の7市2町で生息が確認されています。いずれも里山環境がよく残された標高100〜300メートルの丘陵地です。

 しかし、東京という大都市が膨張するのにともない、比較的起伏が少なく、土地の改変もしやすいこの地域には、真っ先に開発の手が及んできたのも事実です。すでに40年以上にわたって、住宅地・ゴルフ場・学校・レジャー施設などが次々に造られ、生息地の多くが失われていきました。最初に発見された、あきる野市草花の生息地もゴルフ場の造成などで消失してしまったようです。

 このため東京都のトウキョウサンシヨウウオは、絶滅してしまうのではないかと心配されており、環境庁によって「保護に留意すべき地域個体群」として、レッドデータブックに掲載されました。しかし、生息地の開発がとどまることなく進んでいるにもかかわらず、都内全域にわたっての生息分布調査は、1979年以降20年近くの間行なわれることはなく、トウキョウサンシヨウウオの生息状況を充分に把握することはできませんでした。

 1998年、都内の生息地全域にわたる本格的な生息状況調査が、ほぼ20年ぶりに行なわれました。これは環境庁の自然環境保全基礎調査の一環である「種の多様性調査」を契機に、都内各地の自然保護団体や―般市民などからなる「トウキョウサンショウウオ探検隊(この組織は現在サンショウウオ研究会に発展して活動中です)」が結成され、100名以上が参加して行なわれたものです。

 トウキョウサンショウウオは夜行性のうえ、林床の落ち葉の下などで生活しているため、成体の姿を観察することはなかなかできません。しかし春の産卵期には、水場に多数の雄雌が集まり、バナナのような形をしたゼリー状の卵のうを産卵するので、これを見つけることで生息を確認することができます。

 ふつう雌は2この卵のうを1対として産みますが、産卵に集まる雄雌の数はほぼ1:1に近いと考えられるので、卵のうをカウントすれば、その地域の繁殖可能な親の数を正確に推定することも可能となります。したがって調査は、産卵場になりそうな水たまりを探し、見つけた卵嚢をひたすら数えることが主な作業となります。これには調査員の数が物をいい、とくに今回のように広範囲の調査では、多数の市民が参加してくれたことは大きな力となりました。また、各地で地道に調査を続けてきた団体や個人の活動をネットワークしただけで、都内の生息地全域がほとんどカバーできてしまったことも、この小さな生物に関心をもつ人々がいかに多いかの証しと言えるのではないでしょうか。

 こうした多くの市民の力により、213カ所の生息地、4701個もの卵嚢が確認され都内生息地の状況が20年ぶりに明らかになったのです。(サンショウウオ研究会のパンフレットより)


理工池の稚ゴイについて
工学部 生方

 理工講義棟前の池に今年生まれたコイの子どもの状態についてお知らせします。

 池の会通信3号において、講義棟前の池にいるブラックバスの駆除を提案しました。一昨年の夏は異常に暑かった為かコイが浮くという事態が生じ、その結果池の大掃除をすることになりました。世話人の平野氏をはじめ事務局の皆様大変ご苦労様でした。その清掃によりブラックバス(やはり小さいのもいました)を他の魚と分離することが出来ました。最後まで池に残っていたブラックバス1匹は渡辺氏のルアーにつり上げられたとか。

 その結果だと思うのですが、今年は夏の頃にコイの子供がたくさん生まれました。全部が黒いのかと思えば、数は少ないけれど、赤いのやら、やや黄色いろみを帯びたのも泳いでおりました。夏の頃ですとパンくずを投げ入れると、沢山の稚ゴイが集まり、場合によっては、集まりすぎて一部の稚ゴイは水面より高くなっていました。池に近づくだけで、稚ゴイは何か食べられると思うのか、すぐに水面近くを泳ぎ始めました。

 久しぶりにコイの顔を見に出かけたところ、驚きました。大きなコイは直ぐに近づいて姿を見せるのですが、稚ゴイの姿が見えないのです。しばらくパンくずを投げ入れていると、池の底の方から何匹かの稚ゴイが姿を現しました。ところが大きなコイやカルガモが近づくと、逃げるように姿を消してしまいます。何か怯えているようです。カルガモに食べられたのやら(?)、多摩川あたりから来たサギや鵜にやられたのかも知れません。夏には沢山いた稚ゴイが、秋までに大分少なくなりました。稚ゴイが減ってしまった理由を説明できそうな方は、是非ご連絡を。

小さな池造りの試み

草野 保(理・生物)

 以前「池の会通信(?96年10月)」に杉崎さんが、イモリ池の下、神社の上にあったという「まぼろしの池」の話を書かれていました。ちょうど木道の横の当りだそうです。たしかにいつもジメジメしていていかにも池があったような雰囲気です。まえから、緑地にもう一つくらい小さな池が欲しいなと常々考えてはいたのですが、今年の春思いつきで池造りを試みてみました。新しい卒研生も研究室に入ってきたことだし、若い人に声をかけて、遊び半分で池掘りに挑戦しました。3月24日(水)の午後、イモリ池の下の木道の横に、わが動物生態研究室の屈強な若者4人(片田・一柳・上村・安部(淳))が手に手にスコップを持ち、長靴で完全武装し、こ1時間ほど泥と格闘(?)しました(私は横で見ていただけ。ご免!)。結局、2mx2mほどの小さな池(深さ15cmくらい)と、その上にさらにもっと小さな超小型の水溜り(1mx0.5m、深さ20cm)の計二つをなんとか掘りました。


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 幸い、下の大き目の池はあれから1ヶ月以上、水がいつも溜まっています。上の小さな水溜りは、雨がしばらく降らないと、完全に干上がる一時的な水溜りです。まだ、利用客はアメンボとサワガニだけですが、これからどんなお客さんがやってくるのか楽しみです。また、ときどき手を入れようかな思っています。


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